楽天イーグルスと野村監督の大人の別れ方について

http://mainichi.jp/enta/sports/baseball/pro/news/20091012k0000m050065000c.html?link_id=REH03


企業で中間管理職なんぞをやっていると、今回の楽天イーグルスと野村監督の一連の騒動はよく理解できる。


要は、楽天は元々、野村監督を今季で終わりにする意思を持っていたが、チームの想定外の躍進と、マスコミや世間の野村監督への支持によって、この時点で口外することはできなかった。
しかし、そろそろ自身や自らが引き連れてきたスタッフ陣の来季の働き口を探さなければならないため、野村監督は自ら楽天へ来季の契約の意思を尋ねた。

ここまではお互いにとって、当然の動き。しかし、野村克也という人は、良くも悪くもマスコミを使うことが長けている。マスコミを通じて、球団にメッセージを送ることで、一気に解決を図ろうとした。


当然、球団フロントの心象は悪くなる。ここで野村監督を続投させては、面子が立たないし、今後は監督や監督肝いりのスタッフにさらに力を与えることになってしまう。だから、野村監督が自身の進路問題をマスコミに話した時点で、続投の選択肢はもはやなかった。


そして、そこで続投の芽は完全になくなったことは、野村監督自身もわかっていたはずだ。
では、なぜこのシーズン大一番のタイミングで自身の契約に触れたのかというと、そこには前述の自身とスタッフの来季の進路の問題もある。しかし、もっと言うと、自分の名声に予防線を張るには、クライマックスシリーズ前にこの話をはっきりさせておきたいということを野村監督自身が非常に自覚していたのではないかという気がする。

戦力的にも経験値でも他球団より大きく劣る楽天にとって、仮にクライマックスシリーズ、もしくは日本シリーズでどのような結果になろうとも、楽天にとっては大善戦だ。
しかし、プレーオフは厳しい。ワンプレーのクオリティ、球団全体の総合力、そして監督自身の采配もすべて晒される場となる。これまでシーズンでは高い評価を受けてきたチームも、プレーオフの負け方によって、一気に評価を逆転されることもよくある。
当然ながら野村監督はそういう真剣勝負の場を潜り抜けた指揮官である。
来季の続投の可能性が無いのであれば、劣勢を前に自身の進退をはっきりさせて、予防線を張っておく。


一方で、このプレーオフ前のタイミングはチームのモチベーション喚起のための策ではないかという考えもある。
直近では、北海道日本ハムヒルマン前監督がそうだった。もちろんロイヤルズとの契約をマスコミに悪い形で伝わる前に自身で明確に伝えたいという意図もあったと思うけれど、ヒルマンのために花道を、と選手もファンにいい団結を生んだ。
しかし、若き青年監督だったヒルマンと北海道日本ハムと、百戦錬磨の野村と楽天の関係は異なる。アメリカから出てきたマイナー監督どまりのヒルマンと北海道に移転した日本ハムは、共にこれまでのバックグラウンドをかなぐり捨て、挑戦し続けてどこかで結果を出さなければならなかった。
でも、野村克也は違う。ここで勝ち切らなくても、次の仕事は必ず来る。大やけどせずにそこそこの勝利を収めて撤退戦に持ち込めばいいのだ。


そう考えると今回の騒動は野村監督が完全に楽天のフロントに仕掛けた。
一方で、楽天としては事態の収拾の仕方に困った。そもそも野村克也楽天イーグルスはおろか、日本球界の至宝である。しかも、フロントが考えている以上の好成績を残して、ファンやマスコミも野村監督についてしまった。


そうなると無碍には野村監督を切れない。しかし、ここで続投させてしまうと、前述の通り、今後野村監督に大きな発言権を握られることになるし、契約更改時の年俸大幅アップも止むを得ないだろう。そして、当初に考えていた来季以降のチームの戦略を大きく修正する必要がある。


企業や組織の一員として活動していると、WIN-WINで続けられれば一番いいが、そうもいかないこともたくさんある。そういうときに次に考えなければならないのが、どうすればお互いを傷つけずに済むのかだ。
周囲の信用、金銭、そして己のプライドなど、さまざまな要素を考えて落とし所を考えなければならない。


そういう点で、楽天の野村監督に対する今回の名誉監督への就任要請と背番号19の永久欠番というのは、なかなか良い折衷案だ。こうすることで、対外的には楽天が野村監督に対して最大限の敬意を払っているという体裁をアピールすることができる。
しかし、一方で、楽天はこうも思っているはずだ。あの野村克也が名誉監督などという地位で満足するはずが無い。プライドと野望に溢れ、死ぬまで現場にいたいと発言しつづける愛すべき野球人の野村監督が、この名誉職を受ける確率はきわめて低いことを計算ずくなのだろう。

野村監督がこの要請を固辞すれば、野村監督は来季以降も他球団でしがらみ無く指揮官として現場にとどまることができるし、楽天のフロントもプライドを傷つけぬまま、後任人事に着手できるわけで、誰も傷つかないことになる。


当然、野村監督も、楽天が自身が名誉監督を受けないことを見越しての今回の要請であることはわかっているはずで、まだまだ野村克也の天邪鬼な駆け引きは続くと思うけれど、楽天イーグルスが思ったよりも大人な対応ができていることに驚きつつも、やはり長年成長できる企業には優れた人材がいるのだなと思わせた。